何時間もゲームをした後に、なんでやったんやという自己嫌悪に襲われる人への考察と対策

考察

 

 タイトルにある通り、これは私の経験則だ。

 私は小さい時から何よりもゲームが好きだった。

 ポケモン赤緑から始まり、たくさんのゲームを触ってきた。

 今でもゲームを通してコミュニケーションをとることも多かった。

 私の人生において、たくさんの影響を与えていることは間違いない。

 にもかかわらず、社会人になった私は、休日にゲームをすると、夜になんでやったんやっていう気分になっていた。(これには、時間を無駄にしたという後悔の気持ちがとても強かった。)

 他にも友達や上司に、休日は何をしているのと聞かれて、素直にゲームと言えず、疲れて寝ていたという回答をした。

 ゲームをしていたという言葉が恥ずかしいと感じていた。

 みなさんも同じような気持ちになったことはあるだろうか?

 真面目な人や、自尊心が低い人ほどその傾向が強い。

 そのように感じる人はどうすればいいのか?

 結論から述べると、そう思うならゲームしなければいいという話ではない。

 ゲームから得るものがあれば、そのように感じる必要もないということだ。

 それはなぜかというと、ゲームをしたあとの自己嫌悪の正体は、虚無感から来ているということ。

 虚無感とは、ありとあらゆる物事を虚しく感じている状態のこと。

 つまり、ゲームをしていたことに対して虚しさを感じているということ。

 この虚しさを感じなくなれば、自己嫌悪におちいることがなくなるのだ。

 そのためには、大切なことが二つある。

 一つ目、ゲームをすることによって得るものを意識すること。

 自分の人生や行動において、それを取り入れることが出来れば、無意味に感じることはない。

 例えば、極端な話だが、英語が上達できるアプリがあれば、それをすることは無駄だと感じないはずだ。

 他にも、オンラインゲームを学生時代にやっていたので、タイピング(文字入力)はけっこう速く打てるとか。

 カプコンの大人気ハンティングゲームであるモンスターハンターでは、苦手な上司や先輩をモンスターに見立てて、倒すことで爽快感を味わうことができる。

 今抱えているストレスをなくすことができる。

 難しいクエスト(強い敵)にあたった時に、試行錯誤して、倒した時の達成感。問題解決力や、思考力、判断力が養われている。

 人生においても、ゲームを通して仲のいい友達ができたりもする。

 二つ目、感動したり、満足感を得ること。つまり、楽しむということ。

 そのためには、楽しみを見いだすことが大事。

 例えば、昔、パズドラをしていた時、パズルをすることもそこそこ楽しかったが、それよりもガチャを引いて、レアなモンスターを集めることが好きだった。
 そのために、ガチャを引く石がもらえる難しいクエストを進めていたし、ボックス拡張はあんまりしたくなかった。

 MMORPGをしていた時、キャラレベルをあげることよりもお金を稼ぐことが好きだった。レア狩りばかりしていて、レアが出た時の嬉しさが半端なかった。

 つまり、人それぞれゲームに対して満足するところは違うので、自分が満足することを見つけることが大事。

 自分が満足することが、ゲーム以外で得られることなら、それをすればいいし、自分自身がそういうことに満足を覚えることに気づいたことがきっかけで、満足できる別のなにかを始めることだってあるかもしれない。

 虚しさを憶えて、やったことを後悔するのは、非常にしんどい考え方だ。

 その考え方は、自分を苦しめていて、もっとポジティブに考えて、自分自身を肯定していかないと、自尊心が低くなってしまう。自尊心が低くなると、何をするのも億劫になってしまう。

 自尊心を守れるのは自分だけだ。

 また今回考察するにあたり、ゲームをすることは悪なのだということを、気づかぬうちに、刷り込まれていると感じた。

 それは、親や大人の教育方針であり、悪かどうか判断するのは自分自身だ。

 自分自身で判断せずに、指示をだす人に従って、休息もせずに勉強や仕事をしすぎて、体や心を壊しても、誰も助けてくれない、指示をだした人は、「どうしてそんな風になったのだろうか?」と、だした指示が原因だとは思いすらしないのである。ましてや、根拠のある専門家ならまだしも、そうでないのだから。

まとめ 

もしゲームをした後に自己嫌悪を感じた場合は、ゲームから得る恩恵と、こころから楽しむということを意識して、自尊心を守ろう。

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