全ての人に好かれることは不可能で、頑張る必要はない話

反撃の弱者

 あなたは、他人に嫌われたくなくて、多少自分にとって理不尽だと思う要求でも、心良く引き受けたりしてませんか?

 私は引き受けるタイプの人間でした。

 自分さえ我慢すればいいと思っていました。

 しかし、そんなことをしても相手のことを嫌いになるだけで、自分の都合がよくなることはありませんでした。

 そしてもちろん、その相手から好かれることもなく、ただ単純に相手の都合のいいように使われているだけでした。

 あなたにも似たような経験はありませんか?

 自分は頑張っているのに、頑張りが報われないと悲しいですよね。

 私の場合は、悲しいどころか、怒りが湧いてきたりします。

 昔、農業の実習中に、もっと勉強をしたいと思い、実習が終わってから一人で1時間ぐらい残って、作業していた時期がありました。

 ただでさえ、実習で体力的にへとへとになっているのに、1時間残ったところで、あんまり成果は得られませんでした。

 しかも、何日か残っている途中で、実習が終わって先に帰る人(普通、当たり前)に対して、「私は残ってるのに、なんで先に帰るねん」って思い始めました。

 もっと勉強しようという思いよりも、なぜか頭の中は怒りでいっぱいでした。

 今思うと、どう考えても自分が理不尽なことをしていると分かります。

 むしろ、会社によくいる苦手な先輩で、新入社員や後輩が先に帰るときに、「新人(後輩)はいいなあ」と嫌味をいう構図と同じでした。

 それだけ人間は承認欲求が強いので、頑張っている自分が認められないと意地をはったり、人にあたったりしてしまうのです。

 とここまで、自分の頑張りが認められないと悲しい話をしてきたのですが、ここからが本題です。

 すべての人間に好かれることは不可能である。

 なぜなら、同じ行動でも、その人の状況によって変化するから。

 これは私が救われた言葉です。(私はキリスト教の信者ではありません、純粋に誰とでも仲良くなることができる、と信じていただけです。)

 「10人の人がいれば、2人は自分のことを無条件に好いてくれる、7人はその場の状況で変わる、残りの1人は、何をしても自分を嫌いである。」

 どうでしょうか?

 だいたいの世の中にあてはまりませんか?

 そうです、なにをしてもあなたを嫌いなのです。

 つまり、裏を返せば、どう頑張っても同じことになる。

 だったら頑張らなくていいと思う。

 頑張るところを間違えていませんか?

 自分を好いてくれる仲間と一緒に、自分を高めていきましょう。

 

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